トップページ 印傳とは 工房のご案内 印傳商品販売 オーダーメード受付 リンク集

印傳(印伝)とは

日本の皮革工芸

 日本の皮革工芸で革を用いた物には武具、甲冑、衣装、袋物、箱など様々なものがある。これらは革を鞣た後、それぞれの用途に応じての作成方法があり、大 きく三系統に分類される。まず第一が毛を取り去った革を叩いて成形し、これに漆を塗った漆皮。第二が目的の形に裁断して彩色したもの。第三が染料や煙に よって色や紋様を出した染革である。

 この三系統のうち現在一般的に使われるのが第三に属す技法である。

 日本の皮革史を言う場合に必ず引かれる資料に『日本書記』仁賢天皇六年(5世紀末頃)の条に、高麗からの革職人招聘の記事がある。

  秋九月己酉朔壬子、遣 日鷹吉士 使 高麗 召 巧手者…(中略)
  是歳、日鷹吉士還 自 高麗 、獻 工匠須流枳、奴流枳等 、大倭國
  山邊郡額田邑熟皮高麗、是其後也。


 革職人、須流枳、奴流枳等の渡来と、奈良県山辺郡に住む熟皮高麗がそれらの招聘された工匠の子孫であるということである。当時から続いてきたかどうかは別 にして、確かに奈良をはじめとして近畿地方は今でも皮革産業が盛んであり、所々に地場産業として根付いている。印伝などの革工芸で有名なのは山梨だが、そ の原料となる革を多く製造しているのは近畿なのである。

 最近の研究では、平城京の西一坊坊間大路及び平安京の右京八条二坊の調査によって市にほど近い運河のほとりで、大規模な塀牛馬処理工房が操業して いたこと、産業などを都城内部という国家の直接支配の元に置き、京外で操業を許さなかったことが確実視され、lまた『延喜式』賦役令によって、諸国から皮 革と鹿革鞣しに必要な牛の脳が大蔵省に納められたとある。つまり革職人は指定された特定の地域内で設備と材料を与えられ、操業していたのであろう。これは 各国でも言えたことだと思われる。須流枳・奴流枳等の系譜に繋がると見られる革職人が全国に居たであろうことは、『續日本紀』の甲冑制作に革を使うように という布令や、『養老律』「厩牧令」で公務の途中で不可抗力によって馬を死なせた場合、その土地で肉と皮を売りに出せとあることから分かる。しかし彼等も 都における革職人と同様に、官庁からの管理統制を受けていただろうことも、5世紀に渡来した須流枳・奴流枳等の後裔が住んでいるところが8世紀になっても 把握できているという一事から推察できるのである。

 室町時代末期、武士が台頭するに及んで各地の有力大名は武具として必需品である革を手に入れる為、彼等を自領地内の特定地域に居住させ、掌握し た。代表的な例が駿河の今川氏に伊豆、相模の後北条氏で、この時期既に職人は鞣だけでなく、加工までをも行い得る存在になりつつあった。又、大名は職人に 皮革製造販売の独占権を与える代わりに転職の自由を奪い、代々の職業的隔離を成した。

 もちろん、姫路のように律令制の時代から皮革の生産地として知られていた場所もある。現在、姫路は牛革の鞣で有名だが、『延喜式』では播磨の 国は馬革と鹿革の産地として数えられていた。「民部下」の諸国進馬革、諸国年料雑物にはそれぞれ卅二張の馬革が、交易雑物にも鹿革五十張の記載がある。交 易雑物には他にも42の国々で牛、鹿、猪、狸、熊などの皮革が生産されていたと記す。しかも鹿の場合には「革」と「皮」の文字があり、どうやら鞣した革と 原皮状態の皮を明確に区別して提出していたようだ。



印傳工房 南都

〒633-2226 奈良県宇陀市菟田野区古市場432 TEL:0745-84-3766 FAX:0745-84-4107

トップ印傳とは印傳工房南都のご案内印傳商品紹介オーダー受付リンク集
お問い合せ個人情報の取り扱いサイトマップお買い物かごを見る

Copyright(c) Nara Inden. All Rights Reserved.